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毎日新聞夕刊 2018年(平成30年)1月10日(水)発行 より転載

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<特集ワイド・ニュースアップ>

大阪のホテル、障害者を積極雇用 特性見極め「重要な戦力」=編集局・桜井由紀治

毎日新聞 2018年1月10日 大阪夕刊

一般社員にも好影響

 企業などに一定割合の障害者を雇うよう義務付ける法定雇用率が、4月から引き上げられ、精神障害者の雇用も義務付けられる。現行でも対応に苦慮する企業が多いなか、大阪市北区のリーガロイヤルホテルは障害者の積極雇用に乗り出した。注目されるのは、障害者を「重要な戦力」として経営戦略に位置づけている点だ。業界で先駆的な取り組みを始めた同ホテルの障害者就労現場を見た。

働きやすさに腐心

 甘い香りが漂う調理部製菓課。発達障害のある近藤紗耶さん(32)は、数十個並ぶケーキにイチゴを慎重に乗せて仕上げていく。雇用されたのは昨年3月。以前の職場でもケーキ作りをしており、手際が良い。「任せた仕事は確実にこなす」と上司の評価も上々だ。

 コミュニケーションを取るのが苦手で、友人もできなかった。短大卒業後、老人ホームで給食調理の仕事をしていたが、職場で孤立して辞めた。退職後、障害が分かった。

 現在の職場の上司は、近藤さんの障害の特性を理解している。彼女が混乱しないよう一つ一つ指示を出す配慮をする。人間関係に悩んだ近藤さんだが、今は職場の同僚と楽しそうに昼食を取る。「働きやすい職場。このまま長く勤めたい」と笑顔を見せる。

 現在2%の法定雇用率は4月から、2.2%に上がる。改正障害者雇用促進法の施行に伴うもので、身体・知的障害者だけでなく精神障害者も加えて算定する方式に変わる。だが、現行の割合を満たす企業は半数に過ぎない。

人手不足解消で増員

 一方、同ホテルの雇用率は、2016年時点で2.3%。既に雇用義務を果たすが、同年7月から障害者雇用促進プロジェクトを展開、1年間で新たに6人を雇用し計35人になった(昨年12月末現在)。

 背景には労働人口の減少がある。業界大手の同ホテルも人手不足に悩む。プロジェクトは、社員が従事していた仕事を障害者に任せ、業務の効率化を図ろうという狙いだ。

 障害者雇用のコンサルタント会社「CtoB」(神戸市東灘区)の熊内弘次代表取締役からアドバイスを受け、社内に川西晃・人事チーム担当部長(現管理部長)をリーダーとするプロジェクトチーム(PT)を発足させた。PTが重視したのは、障害者の能力を引き出せる環境作りだ。社内の障害当事者や家族に障害者がいる社員もメンバーに加えた。障害者が担当する業務を各部署から切り出し、マニュアルも作った。配属先の部署には、障害の特性を説明して配慮するよう求めた。

 「障害者も特性に応じた職場環境を構築すれば、戦力になる」。こう話す熊内さんには重度知的障害の24歳の娘がいる。執行役員で退職した前職の阪急阪神ホテルズ事業部長時代、製菓工場に初めて障害者5人を雇用した実績がある。その中に近藤さんもいた。

 熊内さんは、工場で生き生きと働く近藤さんを覚えている。彼女も「働きやすい環境だった」と振り返るが、4年間勤めた工場は14年に閉鎖。再就職したある企業は、職場環境が合わず退職した。途方に暮れていた頃、近藤さんの母親が熊内さんに相談。働く能力があるにもかかわらず就労機会が与えられていない状況を知った熊内さんが、同ホテルを紹介した。

 熊内さんによると、障害者雇用に対する企業の取り組みはまだ鈍いという。ある企業から「雇用率の達成まであと2人足りないから、至急手配して」との依頼があった。商品発注と勘違いしているかのような依頼に、熊内さんは断った。「障害者を雇用率の数合わせとしか考えていない企業が多すぎる」と憤る。

笑顔絶やさず丁寧に

 プロジェクトはさまざまな効果を見せ始めている。庶務に配属された自閉症の男性(30)はこだわりが強く、掃除を完璧にこなさないと気が済まない。ラウンジの大理石の床を鏡のようにピカピカに磨いた。すると、以前は気に留めなかった一般社員にも変化が表れ、男性の働きぶりを見て自分たちも懸命に床を磨くようになった。

 購買チームで商品管理をする統合失調症の男性(42)は、食材などの出庫作業や必要な商品補充の業務をそつなくこなす。慣れてくると、出庫伝票入力も手伝うようになった。彼のおかげで、職場は、これまで滞っていた新規の仕入れ先探しなどの業務に携われるようになった。

 男性は大学卒業後、派遣社員として愛知県の工場のラインで昼夜交代の勤務をしていた24歳の時、発症した。幻聴が表れ、一時大阪府内の実家で療養した。ホテル側は彼に対し、職場に慣れるまで週4日勤務にした。月1回、本人を交えて業務の振り返りをして、体調に変化がないか確認する。男性は「自分のペースで仕事ができる。電話応対などスキルアップを図りたい」と意欲を見せる。

 庶務で社内郵便物の配達、収集を担当する両足機能障害のある奥山義人さん(23)は採用後、軽度の知的障害もあることが分かった。仕事ののみ込みがやや遅い。時には違う部署に配達してしまうミスもある。だが、笑顔で丁寧に応対する奥山さんは一般社員に好評だ。宿泊客とすれ違う際は、きちんと会釈もする。「笑顔とあいさつを忘れずにと心がけています」という奥山さん。PTリーダーの川西さんは「そこが彼の良いところ。また配慮の仕方を考えたらいい」と見守る。

 彼らの指導役は、PTメンバーの中塚義美さん(60)だ。宿泊部門で年間約100日ホテルに泊まり込んでいた46歳の時、精神疾患のパニック障害を発症した。10年ほど働けずに苦しみ、昨年定年を迎えた。再雇用されて障害者の面倒を引き受けた。奥山さんがミスをすると、一緒に関係部署に謝りにも行く。中塚さんは「彼らが自分で判断できるまでサポートが必要だ」と強調する。同じ障害者だから、苦しみも分かる。自分が発症した当時、支援があったらという思いもある。中塚さんは「私が再び発作を起こさない限り、彼らと一緒にやっていきたい」と話した。

将来は「おもてなし」も

 同ホテルのプロジェクトは緒に就いたばかりで、どれだけ雇用を増やせるかは未知数だ。障害者が働く職域もまだ限定されている。執行役員の中川智子副総支配人は「一般社員にも好影響を及ぼし軌道に乗っている。他のグループホテルにもこのプロジェクトを広げて、雇用拡大を図りたい」と話す。将来の展望について、川西さんは「障害者の職域を広げていき、やがては接客部門でも働かせたい。彼らの能力なら十分やれる」と力を込める。宿泊客が障害者のホテルマンからおもてなしを受ける。心のバリアフリーにもつながり、共生社会の実現に弾みがつくはずだ。そんな日が待ち遠しい。

2018年1月10日